Caro Nome(ネリー・メルバ バージョン)

Caro Nome(ネリー・メルバ バージョン)

ネリー・メルバ(Nellie Melba)は、英領オーストラリアのメルボルンで生まれのソプラノ歌手です。1861年5月19日 生れで、 1931年2月23日に69歳で亡くなっています。(Wikipedia ネリー・メルバ

偶然、イタリアのベルカント歌唱法に関する一冊の本を見つけ、そこに書かれたことが、自分の当時の声の状態に非常に近かったため、興味を持ちました。その本に、本来のベルカントは、現在のベルカントとは大きく異なり、著者によると、ベルカント技術は既に消滅しているとの事で、中世期のメソッドの説明とベルカントの歌手の名前などが記載されていました。ネリー・メルバもその一人です。生前は西洋クラッシック界では「絶対的存在」で、まさにDiva(女神)だったようです。

当時、偶然、1900年初頭に録音されたCDも発見し、また、同年代のソプラノ歌手のCDも発見しました。これらの声を聴いて、ネリー・メルバの声が最も「揺れがない」こと、歌の技術がずば抜けていることから、この声を参考にしました。また、この「Caro Nome」のメルバ・バージョンは、私の歌手として「達成」すべき目標となりました。これが歌えるのであれば、自分の歌唱法を誰かに進めても良いかと思いました。 また、もし「古典ベルカントの復活」に繋がるのであれば、歌唱研究としても「意義がある」と思いました。

Caro Nome(メルバ バージョン)オリジナル

Rigoletto: Caro Nome (Recorded 1907)

Provided to YouTube by The Orchard Enterprises

私が当時入手したのは、上のCDでした。音源は左側のYouTube動画と同じです。

ネリー・メルバの解説サイト 以下、Caro Nomeの別の録音が聴けます。

HISTORY OF MUSIC
クラッシックの音楽家の年譜~岩田 幸雄 編        URL  : https://history-of-music.com/melba

Caro Nome(メルバ バージョン)今井貴水カバー

Rigoletto: Caro Nome (Recorded 2017)

 

古典ベルカント時代は、このレベルの歌を舞台で歌手が普通に歌っていたようです。ネリーメルバの録音は蓄音機でオーケストラと一緒に一発録音と思います。私も一発録音です。


まだこの程度ですが、折々、更に練習を重ねて行きたいと思います。

ちなみに、私は譜面がきちんと読めません。オリジナルの歌を聴いて、良く解らないところは譜面とにらめっこでピアノを鳴らして確認しました。2017年の録音なので、110年越しの楽曲カバーですね。

西洋クラッシックでは、ここで私がデモしたような古典ベルカントの響きは失われてしまったようです。最近は声を真直ぐ出す歌い方へ少し戻って来ている感じはありますが、このバージョンのCaro Nomeは殆ど聞いたことがなく、今は非常に店舗もゆっくりです。ですが、ネリーメルバの録音を聴けば、これが楽曲の本来のメロディであり、楽曲が出来た時の「歌手の声」だったと思います。

録音時、私は49歳でした。ネリーメルバさんの方は46歳の時の録音のようです。亡くなる数か月前まで声を保っていたようです。清元志津太夫師匠もそうでした。正しい発声があり、発声を学ぶ理由があるとすれば、死ぬ直前まで歌える「歌声を作ること」だと思います。

結構「再現」出来たのではと思いますが、クラッシックの高音域でも、この歌い方の方が楽だし音程精度も上がると思います。歌えるうちに、ちゃんとしたスタジオでエンジニアの方に録音して貰って「声の記録」を残したいものです。

私は何歳までこれを普通に歌えるでしょうか?

3オクターブ歌唱法を研究した理由

30年ほど前、NYで、ある音楽家に会いました。一時帰国の祭に、その音楽家が私の湯島の自宅前に住んでいた事から、「非常に不思議な深い縁」を感じたので、その人のCDを聴きました。思い出したら、前年に留学する前にも、自宅前で2~3度会っていました。私にとっては「運命の人」です。

楽曲は悪くないですが「歌が今一歩」なので、歌が良くなれば「完璧」だと思いました。私が私だけで彼に出来ること、私だけしか彼にして上げられないことは「歌う」ことだから、私は自分の声を彼に上げようと思いました。

私にとっては、もう一人の自分のような存在です。彼を生かすことは、私が生きることだからです。その人が、女性のタイプは「尊敬出来る人」だと言っていたので、歌手として「完璧」になりたいと思いました。諸事情から、長年離れ離れですが、長年離れ離れだったからこそ、この「歌声」が完成したと思います。私が、戻って来て欲しかったのが動機ですから。誰も歌えない歌を歌えるようになったら、きっと歌手としても認めて貰えると思ってきました。歌手としても認めて貰えたら、戻って来てくれると思ったから。

芸術とは、愛が生み出し愛が育てるものです。
変わらぬ思いを永遠に示そうとするのが芸術家ですよね。
私は「尊敬できる人」といえるほど歌声は良くなったのだろうか?

 

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